歴史 HISTORY

年表
1975

「ボーミッツ」発足

小樽潮陵高校の体育授業でラグビーをやった田尻、谷黒、秋野兄弟、甲田、斉藤の6人でチーム結成。チーム名はvomit’sは、日曜の朝の練習で吐いてしまうのが由来。道具がいらずに運動できるのはラグビーだ、という理由で始めた。飲み屋で誘ったりしてメンバーを増やし、毎度試合をするものの、勝ち負けはまったく気にせずに、アフターパーティを楽しむことが目的だった。

– ベトナム戦争終結
1983

マーク・イーリ加入

北大留学中のニュージーランド人、マーク・イーリがジムで知り合ったメンバーに誘われてボーミッツに参加。チームを気に入ったマークは、「やるからには勝たねばならない」と、本場仕込みのトレーニングを選手たちに教え、試合に挑む気構えや姿勢をクラブメンバーに植え付けた。マークは北海道にいるラグビー経験者のニュージーランド人を次々勧誘して世話をする。熱心にラグビーに取り組むクラブに魅かれて、日本人ラグビー経験者も加わる。

– 日本海中部地震
– Wales遠征 Japan 24-29 Wales
1987

新名称「北海道バーバリアンズ」となってニュージーランド訪問

活動拠点を小樽から札幌に移し、第1回ワールドカップ観戦と本場ラグビーの見聞にニュージーランド訪問するが、チーム名が「vomit’s」ではニュージーランドに行っても紹介できない、ということで、蝦夷に野蛮人の意味があることから、バーバリアンを採り「北海道バーバリアンズ」と改名した。
ニュージーランドでは、皆が仕事の終わりとともにクラブに集い、ラグビーはじめいろんなスポーツや趣味を楽しむ姿を見て、日本の学校や企業に依存したスポーツの在り方との大きな違いに驚く。ラグビークラブには、トップチームもあれば、ジュニアやお年寄りのチームもある。クラブハウスがあって、そこに世代を超えた家族同士が集まり、話して食べて飲んで交流している。自分たちでお金を出して、組織をつくり運営して、クラブライフを楽しんでいる。ニュージーランドの人たちが、生きていること、生活そのものをとても大事にする姿に感動して帰国する。

1988

クラブ内の複数チーム制導入

前年、ツアーに同行したYC&AC(横浜外人クラブ)メンバーのニュージーランド人たちと招待選手たち、デレク・マグロクランやデビット・リースらを交えて議論を繰り返し、バーバリアンズの本格的な組織化をはかる。本場のスポーツクラブに劣らぬ存在にして、ラグビーを生涯スポーツと位置付けるよう、年代や実力によって複数のチームを編成して、より試合に出る機会を増やした。クラブの体制を強固にし、モチベーションと実力を高めていった。

ニュージーランドから招待制度開始

ワーキングホリデイビザ活用。本場のラグビーのみならず、クラブに対してのロイヤルティ(Loyalty)を持つこと、誇りやプライドということを、彼らから学ぶ。

– リクルート事件
– 青函トンネル開通、新千歳空港開港
1992

第2回東日本クラブ選手権大会優勝

ラグビーブームが到来し全国約15万人の競技者があり、東日本地区のクラブに所属する競技者だけでも約2万人を数える中、その頂点を極める。

1993

全道選手権Aブロック優勝

道内では、官公庁などの企業チーム、大学チーム、クラブチームの全てのカテゴリーを制してチャンピオンとなる。

– 北海道南西沖地震
– 釧路ラムサール条約締約国会議
– 神戸製鋼V7
1995

クラブ創設20周年記念ニュージーランド遠征

ニュージーランドのクラブの姿を全員が目のあたりにする。街中の公園や広場には緑の芝生が広がり、そこかしこにラグビーポールが立っている。子どもは裸足で駆け、老人は犬の散歩とそれぞれの自由を満喫している。ラグビーを若者も老人も一緒に楽しみ、お互いの健闘を讃えてクラブハウスで杯を酌み交わす。その見た光景が「バーバリアンズの夢」となり、いつかグラウンドとクラブハウスを持とうと誓った。

– 阪神淡路大震災 サリン
– 核拡散防止条約無期限延長
– RWCⅢSouth Africa,Japan 17-145 NZ
1999

「北海道バーバリアンズラグビーフットボールクラブ」がNPO(非営利活動法人)認証

前年98年に全国クラブ選手権大会に初出場。都内では内地バーバリアンズが結成されるなど上昇熱のおさまらぬ中、国内のスポーツ団体で第1号となるNPOに認証され、グラウンド、クラブハウスなど所有財産を持つための基盤整備として法人格を取得する。
企業・学校スポーツが存亡の危機にさらされ始める中、学校の指導者、企業のお膳立てがないと何も出来ない若者がスポーツをやめてしまう。バーバリアンズのメンバーは自身の生きる「生活」の中に、スポーツとしてラグビーを組み入れて「生活の豊かさ」を実現しようとしていることが、他のクラブと際立って違うアイデンティティであり、それを表現するのがNPO法人の設立である。クラブは進化を続け、ラグビー精神、競技の普及に務め、ラグビーを愛する仲間の親睦の場として、ラグビーを基軸とした地域スポーツの振興発展に寄与するための一歩を踏み出した。会員162名。
別海町ラグビーフェスティバルでの普及活動への積極的な参加や遠征時の自主的な服装の統一など、それまで以上に真剣に楽しくラグビーに取り組む意識が浸透した。翌00年には噴火災害を見舞う「ノーサイド有珠山ラグビーフェスティバル」を主催した。

– NATOユーゴ空爆
– RWCⅣ Wales
2002

第8回全国クラブ選手権大会準優勝、ジュニアとOver35チーム発足

クラブ日本一を決める大会で秩父宮ラグビー場の決勝戦に進出するも、タマリバクラブに40対10で敗れ準優勝。
その後、06年、07年と決勝戦に進出するが、口惜しくもタマリバクラブに阻まれ優勝に至らず。
クラブの組織化が進みジュニアとシニアチームが発足。翌年にU19(高校生)チームも発足した。

2004

「ゆりかご」から「墓場」まで実現、東日本トップクラブリーグ創設

6月13日、ジュニア、A,B,Cが野幌で、U19合同が稲北高で、全てのカテゴリーの試合が始めて同じ日に行われた記念日となった。 志を同じくする各地のクラブチームと共に東日本トップクラブリーグを創設する。

– 中越地震
– 北海道日本ハムファイターズ発足
2007

定山渓グラウンドとクラブハウスを取得

NTT東日本の保養施設だった定山渓の約6haの土地、建物を取得。
グラウンド2面とクラブハウス、パークゴルフ場を保有するクラブ会員積年の「夢」が実現。

– 中越沖地震、猛暑
– RWCⅥ France
2008

クリケット・パークゴルフ・スキークロスカントリー・車いすマラソン含む総合型スポーツクラブ認定、地域連携

定山渓グラウンドを活用して活動種目を増やす。スポーツ振興センターtoto助成を受けて芝生改良、クラブハウス改修など施設の充実化をはかり、総合型スポーツクラブとして4競技を組織化する。施設は定山渓雪三舞など地域イベントに無償提供されると共に、緊急ヘリ発着、救急救命や放水訓練などで消防署に、警察犬訓練などで道警にも無償提供している。クラブ会員数120人となった。

桜の名所づくり植樹祭と町内清掃運動

定山渓の町内会、温泉旅館組合、観光協会、地元企業と共同で定山渓グラウンドに桜80本を植樹。09年から地区公式行事となり、毎年、約200人が集まり、地区の清掃運動も同時に行っている。

– 北海道洞爺湖サミット(G8主要国首脳会議)
– 西日本豪雨、北海道地震
– 働き方改革、外国人就労関連法
2009

NPO認証10周年記念イベント開催

改修なったグラウンドとクラブハウスのお披露目をかねてレセプション開催。北海道選手権とトップクラブリーグの2試合を実施。翌日はパークゴルフ、翌週はクリケットの参加型イベントを開催した。施設整備では、グラウンド2面を良質の芝生にした上、ビニールハウスの室内練習場も天然芝にしてクラブハウスとの間をキッズエリアとして整備した。カマラディ真の友情を大切にしたアフターマッチファンクションでの羊の丸焼きBBQが恒例となっていく。芝生は専門業者の指導を受けながらクラブメンバー自らが手入れをする。施設を自主的に管理運営することはクラブの重要なアイデンティティである。

– リーマンショック、新型インフルエンザ感染症拡大
– 北朝鮮核実験2度目、ミサイル
2010

日本ラグビー協会「セブンズアカデミー」パートナークラブに認定

セブンズのオリンピック正式種目決定を受け、日本ラグビーの国際競争力を高め、女子ラグビーの強化推進とラグビーファミリーの増大を目的に北海道ブロックのパートナークラブとなり代表選手の発掘と強化の拠点となり、14年から7人制女子代表、15年から7人制男子代表がキャンプしている。

定山渓スポーツパークタウン合宿誘致

代表合宿が行われることで施設の充実度が知られることとなり、9年六甲クラブ、高麗クラブ、九州大学、10年にはNTTドコモ70人が夏合宿を行いクラブがサポートした。その後も13年専修大学80人など全国のチームが合宿に訪れる。道内では北海道大学、札幌大学の夏合宿ほか北海道選抜、ジュニア選抜の強化合宿、山の手、函館ラ・サールなど高校の強化合宿でも利用される。

サッポロラグビーアカデミー

北海道協会札幌支部と協力して、10年以降、毎年、中高校生、大学生とその指導者たちに、ハイレベルで良質なコーチングを行い、ラグビー精神の涵養と心身のバランスのとれたトッププレーヤーの養成を目指すクリニックを定山渓で開催している。

– 円高ゼロ金利、欧州債務危機
– 北朝鮮韓国砲撃、ハイチ地震
2011

車いすマラソン部門のパラリンピアン

障がい者スポーツ車いすマラソン部門の新田のんのさん、はまなす車イスマラソン大会出場を経て、15年大分国際車いすマラソン出場。ノルディックスキーにチャレンジし16年海外レース、17年ワールドカップ札幌大会クラシカル・ショートで優勝し、18年平昌パラリンピックに出場した。

女子チーム「ディアナ」愛称決定

前年10年春から3名ほどで立ち上げたレディースチームを「Diana」と愛称決定。ギリシア神話の月・狩猟の女神のように気高く強くとの願いから。女子ラグビー交流会や交流試合に参加し、翌12年の第1回ピリカモシリのエキシビジョンマッチで上磯バンビを29-0で下しチーム結成後初勝利。
13年はピリカモシリには単独チームで出場、女子交流会6名参加、14年は太陽生命ウイメンズセブンズシリーズに北海道合同で参加、全国女子選手権大会に4名が参加した。それまで全国レベルに追いつかないディアナだったが、16年に太陽生命シリーズでトップ8をおさめコアチームとなった。

– カンタベリー地震
– 東日本大震災、福島原発事故
– 女子サッカーW杯優勝
– RWCⅦ NZ
2012

ジュニア・アイスホッケー発足

札幌アイスホッケー連盟にチーム登録し5月、月寒体育館で第1回練習会。年長から6年生まで12名が参加。6月、札幌ノースライオンズCupに参加して初の公式戦に勝利し堂々の4位入賞を果たした。その後、14年に高校生チーム「バイエツ」、15年にシニアチーム、16年に60歳以上「オールドタイマー」が続々と設立された。

ピリカモシリセブンズシリーズ第1回北海道バーバリアンズ7‘sトーナメント大会

セブンズアカデミーパートナークラブの秋田ノーザンブレッツ、釜石シーウエイブスと協力して国内トップレベルのセブンズトーナメントを定山渓で開催。全国から10チーム参加。ピリカモシリとはアイヌ語で「美しい大地」のこと。エキシビジョンマッチで女子の試合が組まれた。大会は年々規模を拡大。13年に男子16、女子6。14年は男子15、女子はNZオークランド州代表含む6チームの国際大会となる。15年は男子が早慶明、専修の4大学含む18チーム、女子はオークランド州代表、日本選抜含む9チーム。16年は男子がオークランド州代表、国体出場を狙う6道県選抜含む14チーム、女子はワイカト州代表、日本選抜含む10チームが参加し男女とも国際大会として開催された。

– 尖閣諸島、北朝鮮弾道ミサイル
– 山中教授ノーベル賞iPS細胞
2014

第21回全国クラブラグビー選手権大会優勝

11年タマリバクラブ、13年六甲ファイティングブルと決勝戦でまみえるも届かず準優勝。過去16年連続出場した21回大会で6度目の決勝戦進出。名古屋クラブを38-19で退け見事優勝。その後、15年、16年は神奈川タマリバクラブに決勝で敗れるが、17年から破竹の三連覇を遂げる。

– エボラ出血熱、消費税8%
– 広島豪雨、御嶽山噴火
2015

札幌ニュージーランドラグビー交換留学生制度

NPO札幌ニュージーランド協会との共同で、北海道の女子ラグビーの競技力向上と国際交流を深めるために、継続的な交換留学生制度を開始。

井沢義明メモリアルハウス竣工

函館北から早大、1968年、ジュニアオールブラックスを23対19で破った日本代表フランカー故井沢義明氏(1947~2014)の功績を讃え、「ボールは両手で(Ball in both hands)」の遺志を後世に継ぐため資料を展示する記念館。ツリーハウスを要するバルコニー付きクラブハウスとして利用。

– イスラムテロ、COP21パリ協定
– 9月関東・東北豪雨
– RWCⅧEngland,Japan 34-32 South Africa
2016

運営組織と事業活動の公益性が認められ認定NPO法人となる

活動への寄付を促す税制上の優遇措置を受ける認定NPO法人となる。年間収入約75百万円のうち寄付金の割合は75%となる。

女子セブンズ北海道知事杯ニュージーランド強化プログラム

スポーツ庁、日本スポーツ振興センター再委託事業「女子セブンズパスウエイプロジェクト」。北海道知事杯女子セブンズ大会を開催。セレクションした女子強化選手をニュージーランドに派遣。18年は先住民族エクスチェンジプログラムとして派遣。ディアナ選手と道内高校生ら延べ24名が本場アカデミーで研修し、小笹知美7‘s代表はじめデベロップメントスコッド選手につながる。

– 英EU離反
– 熊本地震、北海道豪雨
– Rio Olympic 7’s 男子4位、女子10位
2017

定山渓グラウンドが日本オリンピック委員会(JOC)ラグビー競技の強化拠点に認定される

オリンピック競技7人制ラグビーの代表強化合宿が定山渓で実施される。

日本スポーツ協会(JSPO)「ジャパン・ライジング・スター(J-STAR)プロジェクト」拠点となる

世界で活躍できる有望なアスリートを発掘して育成するJ-STARプロジェクトが、スポーツ庁、日本スポーツ振興センター、JOC、日本パラリンピック委員会、JSPOの5団体連携で発足し、定山渓で女子ラグビーJ-STAR事業が実施される。

– 九州豪雨、北朝鮮ミサイル
2019

ジュニアが横浜でのヒーローズカップで「フェアプレー賞」受賞

RWC2019を迎え定山渓ではトンガ代表が公式キャンプ。関連イベントにボランティア協力する中、ジュニア高学年が参加した第11回ヒーローズカップで名誉ある「フェアプレー賞」受賞。人間教育を重視し、親身になって子どもに向き合うメンバーにもご褒美。ラグビーは楽しい。

– 令和改元、消費税、台風被害